壬生義士伝とは

本年1月、『壬生義士伝』は第四章「斎藤一編」完結! しかし実は、本サイトで引き続き第五章「大野千秋編」へと、このまま一気に連載継続…とはいかない事情があるのです。 以前に本サイトのコラム「ながやす流漫画術」でもお伝えしましたが、『壬生義士伝』をはじめ、ながやす巧先生の手により生み出される迫真の画稿の数々は、先生独自の漫画術で生み出され、アシスタントを使わない執筆手法により、いささか時間を頂く必要があります。 現在の執筆状況や今後のサイトアップ予定等の情報も本サイトで随時お伝えしますが、ついでにちょっと幕間を利用して『壬生義士伝』の世界にまつわる、少し変わった史実伝聞、不思議なエピソード(!?)などなど、お伝えすることにしましょう。 これをチェックすれば『壬生義士伝』は10倍面白くなる! かどうかは、保証できませんけど…。

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第1回
新選組局長・大久保剛…って…誰?

誰? と言われても困ってしまいますね。実際、そんな名前の新選組局長なんていなかったんだから。だけどこのアオリ、全くのデタラメ&大ウソというわけでもないのです。ちょっと時系列的に史実をいじったら、こういうことも言えたんじゃないかな、というレベルですけど。

「大和守」になった局長

第三章「池田七三郎編」や第四章「斎藤一編」でも、クライマックスの舞台は旧幕府軍と薩長官軍との戦い・戊辰戦争です。『壬生義士伝』では鳥羽伏見の戦いを経て大坂・淀千本松での激戦が描かれますが、結局は散々な敗戦の憂き目に合って、近藤たちは江戸に戻ることになります。
で、こののち旧幕府の命により新選組は改組され「甲陽鎮撫隊」となって甲府方面へ進軍するのですが、このときに近藤自身も改名して「大久保剛」を名乗ることになります。
ちなみに(ここからちょっと諸説があるのですが)、旧幕府から「大久保大和守剛」の名を下賜されたという説と、結局甲陽鎮撫隊も敗戦続きで瓦解したので、「大久保剛」はさらに「大久保大和」と名を変えて逃走した、という説まであります。
それにしても「大久保ヤマトノカミ(直訳すれば大和国の国守!)剛」なんて大層な名前まで下賜されて、しかも軍資金五千両まで与えられ、ついでに大名身分まで約束されたのだとすると、甲陽鎮撫隊を率いることになった時点で、近藤勇の人生は絶頂期だった…のかもしれません。

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出世だけど厄介払い?

では、そもそもなんで「近藤」姓を「大久保」に改めたのか…なのですが、実は甲陽鎮撫隊のパトロンで旧幕府会計総裁が「大久保一翁」だったので、そこから頂いたのかもしれません。こればっかりは(史料もないようなので)本人に確かめるしかないのですけど、もう間に合わないな…。
ただ、裏事情をいえばこの時期、官軍は江戸に進軍中。薩長軍(官軍)にとって憎っくき仇敵「新選組」の残党を江戸に残しておいたら騒動を起こす可能性が高く、何かと面倒だとばかり、体よく甲府へ追いやられたという説もあり…しかもこの策を考えたのは、新選組嫌いで大久保一翁の盟友である勝海舟だとか…まあ、そんな事情を近藤さんが知ってたら、取り立てて大久保さんに義理立てすることもなかったでしょうね。

→第2回
「新選組、みんな悩んで××になった!?」に続く
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2019.04
『壬生義士伝』執筆状況

「大野千秋編」
現在鋭意作業中
掲載予定は 2020 年
(予定)!

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