壬生義士伝異聞

本年1月、『壬生義士伝』は第四章「斎藤一編」完結! しかし実は、本サイトで引き続き第五章「大野千秋編」へと、このまま一気に連載継続…とはいかない事情があるのです。 以前に本サイトのコラム「ながやす流漫画術」でもお伝えしましたが、『壬生義士伝』をはじめ、ながやす巧先生の手により生み出される迫真の画稿の数々は、先生独自の漫画術で生み出され、アシスタントを使わない執筆手法により、いささか時間を頂く必要があります。
現在の執筆状況や今後のサイトアップ予定等の情報も本サイトで随時お伝えしますが、ついでにちょっと幕間を利用して『壬生義士伝』の世界にまつわる、少し変わった史実伝聞、不思議なエピソード(!?)などなど、お伝えすることにしましょう。これをチェックすれば『壬生義士伝』は10倍面白くなる! かどうかは、保証できませんけど…。

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第8回
隊士は貧乏? お大尽?

『壬生義士伝』本編でも幾度となく描かれているのは…聞こえは良くないんだけど…主人公・吉村貫一郎の(主人公らしからぬ?)おカネに対する執着です。
たとえば切腹隊士への介錯役を終えた後の「お清め代」を副長の土方から頂いたときなど、「刀に刃こぼれができた」と十両も刀代をせしめておいて、実はちゃっかり愛用の痩せ刀を手入れして使ってた、なんてエピソードも紹介されていました。
まあ、吉村が故郷の南部を出奔したのはそもそも「貧しさ」が原因なんだからカネにこだわるのは判るけど、それをいうなら新選組の隊士たちだって、もとは浪士だったわけだし事情は大して変わらないから、カネ回りが良かったはずはない。
となると…ここで気になるのは「新選組隊士になると、そんなに稼げるの?」って下世話な興味ですね。人様の懐事情を探るのは不謹慎かもしれないけど、なにせ命を張った剣客商売(とは少し違うか?)なんだから、それ相応の実入りがないとね。

本編カット
幕末の超インフレで、待遇評価もバラバラ

実際、本編でも新選組が会津公お抱えになったとき、新選組隊士一同は「旗本格」で取り立てられるという内達が下ったエピソードが描かれていて、吉村貫一郎も「諸士調役兼監察」待遇で四十俵が下されています。南部藩士時代の待遇が年四俵(扶持米を別にして)だったからざっと十倍に跳ね上がったことになりますね。

なんか「何俵の待遇」といってもピンとこなければ、具体的にカネで換算してみましょうか。新選組隊士たちの収入に関しての調査もあちこちで行われ、数字も出てるんですが…困ったことに、その評価が結構バラバラ! なんですよ。
新選組隊士が正式な幕臣(旗本待遇)となった慶応三年(1867年)以降の記録らしいのですが、局長が月50両、以下副長40両、助勤30両、平隊士10両、という数字が残っています。現在の貨幣換算で1両がいくらかが判ればお手当の額は簡単に割り出せるはずなのだけど…実はここからが問題!
一応、幕末(嘉永年間)頃のレート1両=3万円で換算すると、近藤局長は月150万円、吉村貫一郎は助勤クラスだから月90万円ですか。すっげー!とまではいわないけど、悪くないですね、本給のほかに、役料とかお手当もついただろうし。
また、どういう計算かは不明ですが、一説には近藤勇局長の年収は現在のレートで一億円以上だった、という説まであります。こりゃ隊士たちもウハウハお大尽じゃん…と、言いたいところなんだけど…!

本編カット
諸悪の元凶=ガイジンたちを叩き斬れ! は正論?

実は幕末(特に慶応年間)、日本国中をすさまじい狂乱インフレが襲い、幕府は貨幣改鋳して質の悪い小判(万延小判)が出回ったせいもあって、諸物価は一気に跳ね上がったのです。米価を基準にすると、慶応三年には1両=3千円レベルに価値が落ちたという説もあります。これで換算し直すと、吉村の月給は9万円まで目減りしてしまうんですね!! おいおい、いったい隊士たちはお大尽なのか貧乏クジ引かされたのか、どっちなんだ?

そもそもこの狂乱インフレ、もとはといえば幕府が開国を決めたことが元凶なんです。
「日米修好通商条約」を幕府大老の井伊直弼がアメリカさんと(その後欧州各国と)結んだ途端、いっせいになだれ込んだ外国商人たちが目を付けたのが、実は日本国内の金銀交換レートでした。要するに日本の金価格が、西洋に比べて著しく安かったんです。
だから安いメキシコ銀を買い付けて、日本に持ってきて金と交換すれば、すっげーボロい商売が出来たわけ。開港直後のヨコハマがこの世の春! みたいにバブル景気で沸いたカラクリはこれだったんです。
当然、日本の金はどんどん外国へ流出する。で、幕府が困って打った策が小判の改鋳。要するに金の含有率を落としたんですね。万延元年(1860年)に発行された万延小判なんて、江戸初期に発行された慶長小判と比べると、金の含有率は10分の1以下! おかげでニセ金まで出回るし、市井は悪性ハイパーインフレの嵐! こりゃ庶民はたまらんわ、もー知らねえ。こうなったら踊るっきゃねえわ! とばかりに日本全国を狂乱状態に叩き込んだ「ええじゃないか」踊りが蔓延したのもこの頃です。

まあ、元を正せば経済オンチの幕府が「いやしくも武士が卑賤な商人のマネゴトなんぞできるか、金銀交換レートなんてそっちで勝手に決めろ!」てな具合で、欧米各国に条約の細目を丸投げしたのが原因なんですけどね…。
もちろん、この大不況が外国排斥の「攘夷」機運を高めたことは言うまでもありません。
考えようによっては、新選組隊士たちだって、自分の懐を直撃した憎きガイジンどもを叩き出すため、ここは力を合わせて(?)攘夷運動に加わってもおかしくなかったかも。
…というのはもちろん暴論ですけど…。

さて次回はちょっと目先を変えて『壬生義士伝』本編の主人公、吉村貫一郎にまつわる知られざる裏の顔(信じるor信じないは自由だよ)について、お話しましょう。

→次回
「吉村貫一郎の「スパイ大作戦」!?」に続く
イラストカット
2019.11
『壬生義士伝』執筆状況

「大野千秋編」
現在鋭意作業中
掲載予定は 2020 年
(予定)!

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