壬生義士伝異聞

昨年1月、『壬生義士伝』は第四章「斎藤一編」完結! しかし実は、本サイトで引き続き第五章「大野千秋編」へと、このまま一気に連載再開できない事情があるのです。
以前に本サイトのコラム「ながやす流漫画術」でもお伝えしましたが、『壬生義士伝』をはじめ、ながやす巧先生の手により生み出される迫真の画稿の数々は、先生独自の漫画術で生み出され、アシスタントを使わない執筆手法により、いささか時間を頂く必要があります。
現在の執筆状況や今後のサイトアップ予定等の情報も本サイトで随時お伝えしますが、ついでにちょっと幕間を利用して『壬生義士伝』の世界にまつわる、少し変わった史実伝聞、不思議なエピソード(!?)などなど、お伝えすることにしましょう。
これをチェックすれば『壬生義士伝』は10倍面白くなる! かどうかは、保証できませんけど…。

メインカット

第10回
龍馬暗殺、下手人は近藤勇!?

…いきなりで恐縮ですが、まあ本コーナー初の「出オチ」ということでご容赦ください。とはいえ実際、坂本龍馬を暗殺したのは新選組の局長だったのか!? なんて真に受けて驚く方は、そうそういないと思うんですけどね。要するに、タイトルの内容は単なるウソです。まあ、解釈のしようによっては、そう考えてもいいような悪いような、ううむ困ったな…程度のコケオドシですね、すいません。
ただ実際、この龍馬殺害の下手人探しミステリーに関しては、一応の結論も出ているのです、ご存知の方も多いと思いますが。

真犯人(!?)は既に自白してるけど…

念のために、簡単に事件の経緯を解説しておきますね。
「はい、私たちが坂本龍馬を暗殺しました!」と告白したのは、元見廻り組隊士の今井信郎です。見廻り組といえば幕臣たちによる、京都の治安組織で元浪人のグループである新選組のライバルですね。事件の細かい経緯は省きますが、今井は隊長の佐々木只三郎の命により、彼を筆頭に7名の隊士が当時、坂本龍馬が京都で潜伏していた近江屋を襲撃して、龍馬と中岡慎太郎を殺害したと証言しています。
暗殺の動機は明々白々。要は龍馬が献策した「大政奉還」を幕府が受け入れてしまったことが、幕臣で組織された見廻り組には許せなかったワケですね。しかも以前、彼らが龍馬を捕縛しようと伏見の船宿・寺田屋に押し入ったときには、同心二名が龍馬の放ったピストルで絶命してるから、その仇討ちの意味もあっただろうし。まあ龍馬にしてみれば正当防衛だから逆恨みといえば逆恨みなんだけど。
ちなみに近江屋で、龍馬を「捕縛」しないで「暗殺」したのも事情は明白。要するにこの時点で、旧幕府にとって坂本龍馬は敵ではなく味方だったから(つまり彼の献策で薩長の裏をかいて倒幕を阻止できたわけだし)、表だって捕まえるわけにはいかないから、もろもろの恨みを晴らすには暗殺するしかなかった、と。
…普通だったらこれで謎はスッキリ解決、な筈なんだけど、こと「龍馬暗殺事件」に関する限り、今日に至るまで延々と犯人探しが続いているんですね、さて、なぜなんでしょう?

やっぱり新選組は「暗殺犯」の筆頭株

まあ、さまざまな事情もあるだろうけど、まず一番に被害者の中岡慎太郎が…彼は襲撃で即死したわけではなく、しばらく存命だったので…「犯人は新選組」と示唆した言葉を遺していたこと。それに、自白した元見廻り組隊士の証言が、事件現場の状況と食い違ったことも挙げられます。
けど何より、当時の状況から坂本龍馬に恨みを持つ勢力が多すぎて、いろんな犯人黒幕説がボロボロ出てもおかしくない、つか…この事件に関する限りミステリーとしてイロイロ推理した方が面白いぢゃないか! というのが幕末史ファンの心理なんでしょうね。
主な犯人説としてはこんなモノがあります。
「紀州藩説」…以前に龍馬率いる海援隊の船と紀州藩の蒸気船が衝突、沈没した海難事故で、多額の賠償金を紀州藩が払わされた恨みで龍馬が狙われた。
「薩摩藩説」…倒幕に傾いてた藩士勢力が、大政奉還のお陰でいったん振りあげた拳の落とし所がなくなり、龍馬は恨みを買った。
「外国陰謀説」…倒幕派を焚きつけ、武器売り込みを狙う外国武器商人たちが、大政奉還をブチ壊すために龍馬を暗殺して…っていう、一種のトンデモ説。
けど(あえて最後に挙げるけど)、実はこの龍馬暗殺事件当時、一番信憑性が高かったのは何を隠そう「新選組犯人」説だったのです。

本編カット

考えてみれば、襲撃にあった被害者の中岡慎太郎自身が「犯人は新選組隊士」らしいと証言しているし、何より事件現場の近江屋に落ちていた刀の鞘が、新選組隊士・原田左之助のものに相違ない! という証言が飛び出したのだから。…つっても、これを証言したのは実は、新選組と袂を分かつた御陵衛士の親玉・伊東甲子太郎なんですけどね。さらに言うと、伊東は近江屋襲撃事件の前にもわざわざ龍馬に会って「新選組がキミを狙ってるから、さっさと土佐藩邸に避難したほうがいいよ」って忠告してるし。詳しく書くとキリがないけど、状況証拠から犯人の残した証拠品まで、犯人が新選組隊士だと推測させるブツがボロボロ出てきたのですから。
それに新選組隊士はこの時点で、会津藩士という身分だから、大政奉還で幕府が消滅するなんて佐幕派にすればハラワタが煮えくりかえる思い…だけど親方徳川慶喜が宣言しちまったのだから、表だって恨みを晴らすワケにもいかない。そもそも(旧)幕府からは坂本龍馬の捕縛は禁じられている。…じゃあ、方法は一つしかないだろう!
つまり「犯人は新選組隊士」という状況証拠も(少々疑わしいけど)直接証拠も揃ってるのです。
実際、暗殺事件のあった慶応3年11月15日から10日ほど後に、土佐藩の告発を受けて近藤勇は幕府若年寄の永井尚志から直々に取り調べを受けていました。当然、近藤は関与を全面否定したワケですが…。身内を容疑者扱いするとは情けない話だけど、こうもあちこちから状況証拠だの証言だの飛び出すしと「心証が真っ黒」なのは、まあ仕方がない。
してみると、今回のコラムタイトルも、あながちデタラメでもないわけですね。

本編カット

さて、ここでちょっと宣伝。『壬生義士伝』本編で、この事件はどう描かれているかというと…龍馬暗殺の真犯人は「斎藤一」なのです! と言っても、これは本編第三章の証言者である池田七三郎による推理なのですけど。
ちなみに斎藤一は、この近江屋襲撃事件の時点では、新選組を離れて伊東甲子太郎の率いる御陵衛士に身を寄せています。…あれ? 伊東甲子太郎は確か、この事件直前に龍馬と会って、新選組がキミをつけ狙っているから、さっさと土佐藩邸に避難した方がいいよ、と忠告までしているんですよ。なのになぜ、その伊東の部下である斎藤一が龍馬を暗殺しなくちゃいけないの? それに龍馬にしても、なぜ斎藤一を無防備に近江屋の奥座敷に上げてしまったの? なんて疑問が湧いてきますね。
もちろん『壬生義士伝』をお読みになった皆さんは、そのあたりの裏事情をよくご存知ですよね。
もし未読の方がいらっしゃったら、是非本編を(ちなみに迫真の!龍馬暗殺のシーンが描かれているのは第6巻です)お読みくださいね。龍馬暗殺事件の裏のそのまた裏側、斎藤一が暗殺犯と推理できる驚くべき理由などが迫真の筆致で描かれておりますから!

本編カット

さて次回は、これまで当コラムでは扱わなかった(避けてたワケではないのだけど)新選組三本柱のラスト、沖田総司クンにまつわる逸話などを取り上げてみましょう。

→次回
「がんばろう福島の沖田君…と黒猫!」に続く
イラストカット
2020.1
『壬生義士伝』執筆状況

「大野千秋編」
現在鋭意作業中
掲載予定は本年!
(予定)!

TOP